出張先での雑記帖



京都
Kyoto


気分転換に旅先(モチロン仕事)での画像をお届けします!
(印象に残った画像を都度掲載予定です)






2016年 12月10日(土) 京都(京都)

<無鄰菴を訪ねて>

無鄰菴は、明治27年(1894)〜29(1896)年に造営された
明治・大正時代の政治家山縣有朋の別荘です。

無鄰菴は庭園と母屋・洋館・茶室の3つの建物によって構成されており、
庭園は施主山縣有朋の指示に基づいて、七代目小川治兵衛により作庭された
自然で開放的な空間の庭園として高い評価を受けています。
母屋は簡素な木造2階建ての建物で、
洋館は新家孝正の設計による煉瓦造り2階建ての建物。
茶室は古田織部好みの代表的茶室である、
薮内流燕庵を模して作られています。

無鄰菴の施主 山縣有朋は、
明治政府で陸軍大将や総理大臣を務めた大物政治家でしたが
他方では、お庭に対する感性がとても研ぎ澄まされた数寄者でした。



※リフレッシュできました!


無鄰菴(庭園)
東山を借景とし、
琵琶湖疏水から引き入れた水の流れが
ゆったりとした曲線を描いている。
池、芝生を配した池泉廻遊式庭園。



醍醐寺三宝院の滝を模した三段の滝と池。

無鄰菴(主屋)
作庭当初は芝生だったこの地に、
自然に遷移した約50種の苔が広がる。


無鄰菴会議(洋館)
洋館は明治31年の建立。

2階には江戸時代初期の狩野派による
金碧花鳥図障壁画で飾られた部屋があり、
ここで明治36年(1903)4月21日、
元老・山県有朋,政友会総裁・伊藤博文,
総理大臣・桂太郎,外務大臣・小村寿太郎
の4人によって
日露開戦直前のわが国外交方針を決める
「無鄰菴会議」が開かれました。